お疲れ様です!
よしくんです!
今日は
大雨被害
浜岡原発の廃炉をめぐる報告書改ざん
などののニュースが目に入りましたね。
こういう話題を見るたび、
社会は目立つ仕事だけで回っているわけではない
と感じます。
むしろ、
普段は注目されにくい仕事の積み重ね
これこそが、私たちの生活を成り立たせているんだなと考えさせられます。
その一方で、現実のお金の流れを見ると、
社会を静かに支えている人ほど高く報われるとは限りらない
こんなことを感じるわけです。
ここには、多くのサラリーマンの方がうっすら感じている違和感があります。
毎日きちんと働き、誰かの役にも立っているのに収入はそこまで伸びないのはなぜか
さて、これとは逆に、
スポーツ選手
人気クリエイター
のように、限られた一部の人は大きく稼ぐ。
この差を見ると、
「結局、社会の役に立つこととお金を稼ぐことは別なのか」
と考えたくなるはずです。
実際のところ、その通りです。
てか、残酷ですが真理です。
簡単なとこで言うと、転売ヤーを見てください。
「金」という一点だけで見ればあれは勝ち組なわけです。
お金は「どれだけ役に立ったか」だけで決まらない
まず押さえておきたいのは、
市場がお金を払う基準
と、
社会が本当に必要としているものの基準
が同じではないということです。
会社員の仕事には、社会に必要なものが多くあります。
・事務
・物流
・介護
・保守
・営業
・経理
・現場管理
などなど、どれが欠けても困る仕事ばかりです。
けれど、それがそのまま高収入につながるわけではありません。
特に介護なんか酷いもんですよね。
じゃあ、それなぜなのか?
市場は、役立ち度そのものよりも、
次のようなものに大きく反応するからです。
希少性
代わりがほとんどいない人には、高い値段がつきやすい。
トップアスリートや一部のクリエイターが強いのはここです。
拡張性
1回のプレー
1本の動画
1つの作品
が何万人、何百万人に届く仕事は、収益が一気に大きくなりやすい。
さらに、注目を集める力も大きい。
人は「必要なもの」だけでなく、
「見たい」「応援したい」「真似したい」
にもお金を払います。
推し活がこれに当たります。
つまり、収入は
「社会的に対して立派かどうか」
より、
「希少で、広く売れて、何度も収益化できるか」
に左右されやすいということです。
会社員が不利になりやすい理由
ここで会社員の立場を考えてみると、かなり厳しい構造があります。
多くの会社員は、
時間を切り売りする形
で収入を得ています。
もちろん、その時間の中で大きな価値を出している人もいます。
ですが、会社の給与制度では、
その価値が青天井で反映されるとは限りません。
これは、会社員の収入は
・組織の予算
・役職
・年次
・評価
といった仕組みで上限が決まりやすいからです。
たとえば、社内でトラブルを未然に防いだ人がいたとしても、その価値は売上のように見えにくいわけです。
サッカーのようにチームプレーで勝ったとしても、別口で個人がピックアップして評価されることもありません。
あなたが仕事で凄まじい成果を出しても、決してショート動画でスーパープレイ集は作られません。
・顧客対応で大きな炎上を防いだ人
・現場の混乱を収めた人
・数字にならない部分で会社を支えた人
はたくさんいます。
でも、その貢献は
「いて当たり前」
と処理されやすいのです。
一方で、スポーツ選手やクリエイターは、成果が見えやすい。
・勝敗
・再生数
・チケット
・広告
・スポンサー
・物販
などといった、数字につながる導線がはっきりしているので、お金になりやすいのです。
ここに、役立ち方と稼ぎ方のズレがあります。
高収入の人が、社会に役立っていないわけではない
ただ、この話をすると、
「じゃあスポーツ選手やクリエイターは中身がないのか」
という極端な受け取り方をする人がいます。
でも、それも違います。
・人を熱狂させること
・気持ちを動かすこと
・挑戦する姿を見せること、
・退屈な日常に楽しみを作ること
これは立派な価値です。
実際、それに救われる人もいるでしょう。
問題はそこではありません。
社会に役立つ形がひとつではないことと、その価値に市場価格がつく仕組みは公平ではない、
ということです。
たとえば、家族を養う会社員が毎日まじめに働き、地域のインフラや取引先の仕事を支えていても、その年収が急に3倍になることはほぼありません。
でも、あるクリエイターは1本のコンテンツが大きく当たれば、一気に収益が跳ねることがある。
この差は、努力量の差だけでは説明できません。市場構造の差です。
見誤りやすい危険なポイント
ここで考えてほしいのは、
「収入が高い人ほど偉い」
という見方を、そのまま受け入れてしまう危うさです。
この感覚を持つと、会社員はかなり苦しくなります。
自分の仕事は地味だ、代わりがいる、給料も大して増えない。
そう思い始めると、自分の価値まで低く見積もってしまうからです。
でも、本来は切り分けて考えるべきです。
社会に必要とされること。
市場で高く売れること。
この2つは重なることもありますが、完全には一致しません。
だからこそ、会社員が収入の不安を感じたときに必要なのは、
「もっと社会の役に立てば給料が上がるはずだ」
と気合いで耐えることではありません。
収入は別のルールで動く
と理解したうえで、打ち手を考えることです。
たとえば、月にあと3万円あったらかなり楽になる、という人は多いはずです。
・生活費の余裕
・教育費
・貯金
・ちょっとした投資
その3万円を会社の昇給だけで待つのは、正直かなり遅い。
それなら、今の仕事で信用を積みながら、別の収入源を少しずつ持つほうが現実的です。
・本業で生活を守る
・副業で市場との接点を持つ
・余剰資金は浪費ではなく、貯蓄や投資に回す
この発想のほうが、お金のルールに合っています。
副業や情報にお金を払うときも同じ
このテーマは、副業や情報商材を見る目にもつながります。
「社会の役に立つ内容です」
と言われると、なんとなく正しそうに見えます。
でも、お金になるかどうかは別問題です。
逆に、少し胡散臭く見える情報でも、悩みを強く解決するなら売れることがある。
ここでも大事なのは、善悪やイメージで判断しすぎないことです。
見るべきなのは、
その情報は何を解決するのか
誰が、なぜお金を払うのか
再現性はあるのか
売る側だけが得する構造ではないか
このあたりです。
「役立つから売れるはず」
と思い込むのも危険ですし、
「売れているから価値がある」
と短絡するのも危険です。
お金の話になると、この2つは本当に混同されやすい。
では、会社員はどう考えればいいのか。
答えはわりとシンプルです。
まず、
自分の仕事の価値と、自分の年収を同じものだと思わないこと。
年収は市場や会社の仕組みで決まり、自分の人間としての価値まで表しているわけではありません。
そのうえで、収入を増やしたいなら、
「良い人でいること」だけでは足りない
と認めることです。
必要なのは、
誰に価値を届けるのか
それをどう広げるのか
自分の時間を増やさずに収益を伸ばせるか
この視点です。
会社員として社会を支えることは、十分に意味があります。
けれど、お金まで同じ比率でついてくるとは限らない。
だからこそ、生活を守るためには、市場で評価される側の考え方も持っておいたほうがいい。
きれいごとを外して言えば、
社会に必要な人が豊かになるとは限らない
その逆も然りで
豊かな人が社会に最も必要とも限りません。
ここを勘違いすると、働き方も、お金の使い方も、判断を誤ります。
もし今、給料だけに少し不安があるなら、
「もっと頑張る」
だけで終わらせずに、
お金がどういうルールで集まるのか
を一度冷静に見てみてください。
自分の仕事を軽く見る必要はありません。
ただ、収入の現実は別で動く。
その前提に立つだけで、次に打つ手はかなり変わります。
では、また次回の記事でお会いしましょう。
